【偉人に学ぶ】徳川家康が長生きできた理由

徳川家康とは

徳川家康は言わずと知れた戦国時代の武将で、戦国の世を終わらせ264年も続いた江戸幕府を開いた人物です。その少し前に天下を統一した豊臣秀吉が実現できなかった世襲制度をなぜ家康が実現できたのか。そこには色々な要素があると思いますが、やはり当時としてはかなり高齢にあたる73歳まで生き、盤石の体制を築けたことが大きな要因だと思います。
では家康はどのようにして長生きできたのでしょうか。

家康の長生きの秘訣

幼いころより人質生活を送っていた家康は、とても我慢強かったのではないのでしょうか。その性格が信長・秀吉の時代を生き抜き我慢に我慢を重ね最終的に天下を手に入れるという偉業を成し遂げた要因かもしれません。
そんな家康はとても用意周到な性格で、自分の健康に気を配り徳川家の存続を願っていたそうです。
家康は周囲の人間が酒を飲みすぎて早死にするのを見て、お酒を飲みすぎることはしなかったそうです。それから家康は、自ら漢方薬を調合するぐらい薬草の知識が豊富で自分専用の薬草園を持つほどの薬オタクだったそうです。
もう一つ、家康の健康法で有名なのが「麦ごはん」です。この麦ごはんが家康の長生きの秘訣だったかも知れません。

麦ごはんは粗食?

麦ごはんは白米に大麦を足して炊いたご飯で現在でも健康食として食されています。麦ごはんのことを粗食という人がいますが本当にそうなのでしょうか。
大麦には糖質や脂質をエネルギーに変換したり、神経機能の円滑や代謝回転を促進して疲労回復に役立つビタミンB群が多く含まれています。そして、なんと言っても大麦は食物繊維が豊富なのです。食物繊維と聞くと便秘解消効果を浮かべる人が多いと思いますが、他にも満腹中枢を刺激するので少量の食事でも満足できるようになったり、血糖値の上昇を抑制したり、脂質を便と一緒に体外排出させる役割を持っているので “ぽっこり腹“ の改善に役立ったり、麦ご飯はいいことづくめなのです。
栄養面を考えた場合、どちらかというと白米だけで食べたほうが「粗食」なのかも知れませんね。

「押麦」?「もち麦」?

スーパーなどで大麦を探すと「押麦」や「もち麦」などと書いてあるものが売っています。実はこの2つはどちらも「大麦」なのです。
大麦は ”うるち性” と ”もち性” に分かれています。「押麦」に使われているのはうるち性の大麦です。うるち性の大麦はそのままでは水を吸収しにくいため、ローラーなどで押しつぶし表面積を大きくさせ水を吸収させやすくしているのです。押しつぶしているので「押麦」と呼ばれています。食感はプチっとした弾力があるのが特徴です。一方「もち麦」に使われているのはもち性の大麦です。もち性の大麦はもっちりした食感が特徴です。
食物繊維には水溶性と不溶性のものがあって、大麦には両方が多く含まれています。水溶性は便を柔らかくし、不溶性が便を押し出します。
うるち性ともち性では、もち性のほうが少しだけ食物繊維の割合が多いです。しかし水溶性と不溶性のバランスはうるち性のほうが少しだけ良いです。もち性には水溶性食物繊維が多く含まれております。この2つには大差はありません。ですのでみなさんの好みで選んでいただければ大丈夫だと思います。
因みに私の好みは「押麦」です。スーパーによってはうるち性を押麦にせず「大麦」として売ってるところもありますので、硬いのが好みの方は探してみてください。
下の写真は「大麦」です。

バランスの良い食事を

みなさんもぜひ麦ごはんを食べてみてはいかがでしょうか。ただし、麦ごはんのみ続けて食べるという偏った食事には気をつけて下さい。何事にもバランスの良い食事を摂ることが一番の健康法です。よく噛んで食べることも忘れないでください。

子だくさんもお家安泰のため?

江戸幕府が長く続いた要因として、家康が子だくさんだったことが挙げられています。家康には11男5女の計16人の子供がいました。その子供たちが、2代将軍になった秀忠をはじめ徳川御三家など、将軍家を支えていったのです。
ちなみに歴代将軍の中で一番の子だくさんは11代将軍の家斉で、なんと26男27女の計53人の子宝に恵まれたそうです。